2010年1月16日土曜日

日記/忘れる

きょうは週末。1週間の会社の仕事が終わった。今年はまだ始まって2週間ほどしか経っていないのだけれど、じつはもうわたしは疲れている。用事で外出したりすることもあるし、家にいればいろいろすることがあり。わたしの印象ではいくつかのことをてがけているために、ひとつのことの進行状況は遅い。ひとりですることには、限界もあるようで。小さいころからひとつのことをしながら、べつのことを考えているので、忘れ物をしたり、なにかをすることを忘れてしまっていたりする。

「狼+」は表紙デザインに、若手のアーティストのかたを迎えた。また詩と思想系の若手・新人のかたを2名ほど新たに参加してもらうことにした。営業(?)というか広報というかしてくれるかたもいるので、できることをしていこうと思う。部数と印刷代の計算をしていたら、しんどくなっていた。できるだけ、安い参加費をと考えているのだが、その分わたしが負担しないといけない。雑誌をつくるというのは大変なのだなといつも思う。完全な同人制ではなく、参加費をとる寄稿制のリトルマガジン。頭を悩ませる。

ネット古書店のことで、管轄の警察署にインターネットでの営業の書類を昨年の暮れに提出したのだが、まだ返事がない。これが通れば、さっさと営業を開始したいのだが。

そろそろ詩誌評の原稿のしめきりが近づいてきたので、書かないといけない。あしたは、知り合いのひとに日本現代詩人会の新年会に誘われているので、でかける予定。

話は前後するが、昨夜は天童氏主宰の朗読会で、野村喜和夫さんが出演していたのを視聴していた。

ときおり思うのだが、わたしは詩人さんたちの集まりに、ほんとうはなじめない。しっくりいかない。けれども詩を書かないひとたちの集まりにも、なじめない。しかたがないので、ただ黙って微笑みながら、なにかをしたり、なにもしなかったり。

横浜詩人会通信の企画を、担当者間で協議中。

ほんとうはわたしはなにもせずに、いつまでも眠っていたいのだが。だれもしらないところへ、街角を曲がると、そこは異世界で。旅人としてわたしは、いつまでも風景を眺めていたり、そこの住人たちと静かに口数少なく語りあったり。そして、暮れることのない日差しのなかで、わたしは眠るのである。

わたしはあるいはなにもいらない。ただ静かに世界のなかでまどろんでいたい。わたしはこの地上になにをするために生まれてきたのか、生まれてきた瞬間から、忘れてしまっている。